【 スローガン】 
 日に新たに
   日々に新たに
     また日に新たに

   玉は琢磨によりて器となる 人は練磨によりて仁となる
   何れの玉か初めより光りある 必ず磨くべし すべからく練るべし
   自ら卑下して  学道を怠ることなかれ


  宮城岳風会 (宮城県仙台市) は
   公益社団法人 日本詩吟学院の認可団体です


 目的別一覧からホームページを閲覧する


「詩吟」は漢詩だけでなく和歌、俳句、近現代詩等を対象とした健康増進にも役立つ
素晴らしい伝統音楽です。ご興味のある方は下記までご連絡ください。
【宮城岳風会事務局】
 ◆住 所:仙台市青葉区本町三丁目1-17
 ◆連絡先:☎ 022-346-9365 FAX 022-346-9366
        E-Mail:m-gakufu@divers.csr-net.co.jp

また、「古川地区」では、現役でご活躍中の皆様を対象に教室を開設準備中です。
 ◆住  所:大崎市古川北町5-5-2 中央公民館
 ◆研修日時:「夜間」または「休日」
 ◆連絡先 :090-8924-0703
         幸頭(こうがしら)まで



◆お知らせ

◆ 近年の活動

みなさまのご声援ありがとうございました。
※写真をクリックして、ここ一年(令和6年~令和5年)の主な活動状況を御覧ください

◆これまでの活動(平成22年~)

 ※写真をクリックして、活動状況(令和6年~平成22年)を御覧ください

新着情報

2024年07月02日
「周知連絡」を更新しました。
2024年06月30日
「活動報告」に令和6年県南地区吟道大会を掲載しました。
2024年06月23日
「活動報告」に令和6年尚歯会宮城吟詠大会を掲載しました。
2024年06月04日
「周知連絡」を更新しました。
2024年05月26日
「活動報告」に令和6年仙台中央・南部地区吟道大会を掲載しました。
2024年05月17日
「周知連絡」を更新しました。
2024年05月16日
「活動報告」に令和6年第2回指導者研修会を掲載しました。
2024年05月13日
「活動報告」に令和6年東北地区吟詠大会を掲載しました。
2024年05月11日
「活動報告」に令和6年仙台北部地区吟道大会を掲載しました。
2024年05月04日
「周知連絡」を更新しました。
» 続きを読む

【TOP画像】
仙台七夕:旧仙台藩内各地で五節句の1つ「七夕」に因んで毎年行われている年中行事および祭である。地元では「たなばたさん」とも呼ばれている。宮城県仙台市で開催されている仙台七夕まつりが特に著名で、東北三大祭りの一つとされている。 仙台七夕まつりは例年7月7日の月遅れである8月7日を中日として、8月6日から8日の3日間にわたって行われる。大規模な飾り付けがされるのは一番町や中央通などのアーケード街、仙台駅周辺などであるが、それ以外の商店街組織ごとの飾り付けや店舗や家庭など個別の飾り付けなど市内各地至るところに小から大まで合計3000本と言われる飾り付けがなされ、街中が七夕一色になる。東北三大祭りの1つに数えられ、例年200万人以上の人が訪れる。(Wikipediaより)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%99%E5%8F%B0%E4%B8%83%E5%A4%95

伊達政宗騎馬像:高度経済成長期になると騎馬像の復元要望が市民から上がったため、小室達の地元である柴田町槻木庁舎と槻木小学校に梱包され分散保存されていた石膏原型を用いて復元されることになった。1964年(昭和39年)3月5日午前10時、石膏原型は柴田町から仙台市観光協会に引き渡された。その後、東京にある鋳造工場に運ばれ、銅像に復元された。東京オリンピック開会式の前日にあたる同年10月9日の午前11時より復元除幕式が行われ、(第2代)「伊達政宗騎馬像」が仙台城に再建された。一方、仙台城に設置されていた「伊達政宗公平和像」は同年、政宗が仙台城に移る前に居城としていた岩出山城(現・宮城県大崎市岩出山)に移設された。 (出典:ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%AE%A4%E9%81%94#%E4%BC%8A%E9%81%94%E6%94%BF%E5%AE%97%E9%A8%8E%E9%A6%AC%E5%83%8F

松島(五大堂):日本三景の1つである景勝地・松島の景観上重要な建物であり、本州海岸に近い小島に建つ。伝承によれば大同2年(807年)、坂上田村麻呂が奥州遠征の際に、毘沙門堂を建立したのが始まりとされる。その後、円仁(慈覚大師)が延福寺(瑞巌寺の前身)を創建した際に仏堂を建立し、大聖不動明王を中央に東方降三世明王、西方大威徳明王、南方軍荼利明王、北方金剛夜叉明王の五大明王像を安置したことにより、五大堂と呼ばれるようになった。現在の堂は、慶長9年(1604年)、伊達政宗が瑞巌寺の再興に先立って再建した。東北地方最古の桃山建築と言われており、現在、国の重要文化財に指定されている。 (出典:ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E5%A4%A7%E5%A0%82